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症状を振り返る 〜高校編 その2〜

高校編の続きです




前編だけを見たらいかにも悲惨なんですがそんなことばっかりでもなく、高校時代、特に学校以外はそれなりに楽しかったです



とりあえず教室が苦手なので学校では全く楽しめなかったが、そのぶん自分のすきなことに勤しんでいた。
苦しみを発散。

ライブというライブに行き、
ありとあらゆる時代とジャンルの音楽を聴き倒し、

ってそれしかしてなかったんじゃないでしょうか。

部屋中のちりを拾い集めるように、地球上に落っこちている音楽を拾い集めていた。

音楽だけではもの足らずに、ファッションの歴史やら、思想やら現代アートやらの知識を狩った。
そう、狩猟した笑。




17〜18あたりは単にハイだったんだと思う、18なんか特に。

受験生なのにふつうに11月ぐらいまで遊んでいた。
というか18の時に一番あそんでいたのではないだろうか。

年上の友達が多かったので、大学生みたいな遊び方をふつうにし、友達とフリーペーパーのようなことしたり、入りにくい店にもどんどん行ったり、なんかむちゃんこアクティブであった。
やたら顔広げたりしていた。


18ぐらいに仕入れた知識量はたぶんに半端な量ではなくて、今あんなに貪欲になれと言われても無理じゃないだろうか。
あの食らいついてゆく感覚がもう1度ぐらいほしいなあ。

しかしよく思ってみればあの片っ端から詰めていく感じもそれなりに神経症的なのかもしれない。
「端から端まで揃えたい」という気持ちが根底にあったから。

 本来はとても人見知りなので、とてもじゃないが自分から人間関係を開拓してゆくなど、考えられない。
でも出来ていた。若さの為せる技か、あるいは躁の為せる技か。
どちらにしろそういうことが出来ていたという事実は重要です。
ハイな時って、栓全開の水道みたいだ。エネルギーが。




自分のすきなことと同じように、心理学・精神医学関係のこともたくさん勉強した。自分をどうにかしたいという気持ちも勿論あったけれども、単純におもしろかったのだと思う。
前編にも書いたけれども、知識って大切だと思う。
精神の構造についての知識ももちろんのこと、診察の構造、薬の構造…なども。

当時はまだ病院でも躁鬱とは言われなかったので、どこか違和感のある「うつ」の診断に疑念を持ち、自分に合致するものをひたすら考えていた。

一時期は自傷が激しかったので、自分のことを境界性人格障害だと思っていた。

でも人を試すようなことってあまりしないので、結局結論づけられるところまでは強さがない。

早く神経症的な部分に気付ければよかったのだろうけど、神経症というのはどこか無意識で働くようなところがあるようで、全く、自分の思考の影になってしまっていてその異常に気付くことが出来ないでいた。



日記を書くのがはっきりストレス緩和になっていると感じはじめたのも高校の頃で、どんどん日記はなくてはならないものになっていった。
自分の思っていることをなんでも文章にしてみるというのは結構自分を分析するのに役立ったと思っている。
現に今でも昔に何を考えていたか、なんてことも、日記を読んだらわかるので、便利だ。

日記帳は親友のようなもので、つねに持ち歩いていないと不安でしょうがない。
それは今もそう。





高校のときに、今も親友である、精神科に通っている友達と仲良くなった。

住んでいるところは遠いから会えないけど、でも同じような人がいることって大っきいよ。
でも高校生のわたしは
しんどいくるしいつらい
を吐き出すしかできなかった。







3年になると、自分で授業を選べるので昼からしか授業がないような日もあった。
みんなは午前中から自習していたのだろうけど、
わたしの場合そのシステムのおかげで、それまでの遅寝遅起に拍車がかかってしまってその時期に夜型の生活が完成してしまったのだと思う。


高3の初夏ぐらいから塾というものに通い出した。塾は初めて!
やっぱり塾でも教室というものはとっても苦手で、たぶん3割はさぼった。
やっぱり神経症的な不安感が原因で行けないのだけれども、行ってしまえた日は平然としているので、こいつ謎という空気が塾でもあった。


受験もハイだから受かったんだと思う。
そんな勉強した思い出ない。日記ばかり書いていた。


ずいぶん特殊な大学に行ったのだけれども、
勉強に自信があったわけでもないのに後期日程1本だけで案外平気そうにしてて、どこかで自分が受からんはずないやろうみたいなふうにも思っていたし、面接でもなんか妙に攻めた返答してた気がする。
案の定、入学してから後、先生に、受験のときはすごく余裕そうにしてて目立ったと言われた笑。
ハイや!
まー、中退するんやけどな。


受験がらみでは一度だけ大きな発作を起こしたことがある。特殊な試験があったのでそれの練習をしていたら、急に予兆もなにもなくひどい過呼吸になって先生を驚かせてしまった。家以外で過呼吸起こしたのはいまのところはその1回だけである。




そんなふうに、高校時代は精神科患者初等科といったところであった。

症状を正しく分析できないで間違った処方で暮らしていたので、だいぶしんどかった。


うつ状態の自然なしんどさはどこか空っぽな感じがあるけど、薬でしんどいのというのは、でろでろな感じがする。

躁鬱も神経症もわかってなかったから、それにうまく対応する方法なども知らないままに大学生になってしまった。

それが本当によくなかった。







大学編に続く。
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