見える緊張・見えない緊張

緊張には2種類あるように思う。


あからさまに「緊張した!」と感じられるものと
よーくよくよく意識していないと緊張したかどうかわからない、影の緊張。




あからさまな緊張は

何か発表しないといけないような機会
事故にあったとき
身に危険が及んだとき
決まった予定をこなすとき

など…
人によって違うでしょうが
こういった緊張は否が応でも自分は緊張してるのだとわかるから、それに対して心構えもできるし、緊張することが終わったあとに「あーつかれた!」と脱力することができる。



でも本当は緊張してることさえ意識にのぼらせないようにしている「緊張」がある。
それを緊張だと思うか思わないかという差は大きい。

意識では「緊張してない」ことになっていて、
その実、身体はあほほど緊張している…

ということが結構あるんでないかと最近思うようになった。

緊張を緊張と思わない限りそのケアもできないわけです。
だから意図せぬ疲労がたまるわけです。

たぶん神経症の人は
「こんなぐらいを緊張と思ってたらいけない…」というどこか自分に厳しい気持ちがあるのだと思う。無意識で。
わたし自身もその気がある。
だから緊張を意識できないで、あとからしんどい目に遭う。

自分の中に緊張計のようなものがあるつもりで常に行動を緊張の度合いだけではかって考える視点をもつと、意外に平気と思っていること・得意と思っていたことですごく緊張している自分がいる。
観察を続けると、自分が緊張してるときの身体の反応に敏感になってくる。
ちょっとした力の入らなさ、思考のふわふわ、呼吸の浅さなどなど。
時間差で動悸がおこったりもする。

いかに自分が緊張に囲まれて過ごしていて、
いかに自分が緊張してる自分自身に冷たかったかを考えさせられる。

緊張したからには弛緩が必要で…




どんな楽しいことがあったとしても、
どんなすきな人にあったとしても、
どんなすきな場所にいったとしても、
そこには絶対に緊張がある。

なのでどんな時も例えば家に帰ったら努めて緊張をとるようにしている。


まだ緊張について考え出して日が浅いのでうまい緊張の取り方はまだマスターしていないけれども、
いまのところ
力を思いっきりいれる→脱力
という緊張弛緩法というものがとてもいい。


でもそれでもまだまだ弛緩させるまで1時間半はかかるなあ。困った困った。




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まとめtyaiました【見える緊張・見えない緊張】
緊張には2種類あるように思う。あからさまに「緊張した!」と感じられるものとよーくよくよく意識していないと緊張したかどうかわからない、影の緊張。あからさまな緊張は何か発表...
  • 2012/05/20 18:47
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