精神科治療を考える

鬱病の復職支援 集団生活で「日常」取り戻す
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/health/568783/


本日の産経ニュースより

やっとここまで来たかという感じ


こういう病院がもっと増えたらいいのにって思う

いうてみれば今ほとんどの精神科がやってることというのは
骨折した人をとりあえずボルトなどで治療して
とりあえず見てくれだけはもとに戻しましたよー って
そこでバイバーイしてるようなもんであって
リハビリもなんもしないままでいきなり普通の生活に戻されても働けるわけがないっつうの
と思っていた

サポートは確かに大変なのだけれども
実際問題としてサポート込みの治療をしていかないといつまでたっても再発ばかりして
絶対元の生活には戻れないと思う、絶対
いちど鬱になった人はそう簡単にもとには戻れない
戻ろうとおもったってできない
鬱からの復帰は
元気な人がふつうに働くよりも何十倍もエネルギーを使うことだし



個人的には精神科治療に携わる仕事や機関がもっと増えてほしいと思う
カウンセリングだって保険きくようにして
臨床心理士もそこまでたどりつくのが大変だからそれに準じたもうちょっと軽めのポストをつくって
たくさんの人にそれを目指してもらって
圧倒的に、
「精神科治療が一般の理解を得られるためのシステムの規模の大きさがもっとほしい」
と思う
ちゃんとした機関がたくさんあればそれは社会で疎外されない存在になるためのおおきな足がかりになる
精神科患者は本来ならばマイノリティーではないはずなのだ
本来ならば本当に
風邪ひいたんですけどぐらいの勢いで
ちょっとした不調で気軽に通院しても誰からも後ろ指さされないようになるべきなのだ


でも本当にわたしが通っている10年ぐらいだけでもずいぶん精神科は進化してきた印象をうける
10年前はやっと「うつ」が一般的になりはじめた頃であった
でもまだまだ社会的には精神科の患者はほんとうに肩身が狭く、いきづらい

そう
精神科の患者に一度なってしまえば本当に生きづらいと思うことは多い
でも行かないとどうしようもないし、
この現状は変わらねばならない


これからどんどん変わっていくだろうしもっともっと変わってほしい

内科にかかってます と同じ重さで 精神科にかかってます
となんのためらいもなく言えるような社会になればいいのにと思う

そこまでならなくてもいいから
せめてもっと「精神科的思考の仕方」が社会に根付いてほしい


皆思っているはずだ
会社や学校では勿論 友達にさえ 人によっては家族にさえ
自分が精神科にかかっている
と告げること・知られることの心的負担が
一般の人にははかりしれないほどのものであることを






最近よくニュースでもやっと躁鬱についてとりあげられるようになってきて
うつの人がⅡ型だったりするから気をつけてね という記事をよく見かけます
やっとです
やっとです
でもこないだ見たニュースには
躁鬱は8割遺伝であることだとか
「治らない」ときっぱりかかれてあったから
知っていてもどこか悲しくなりました




うーん

なんで
わたしたちが悪い生活をして病気になったわけでもないのに
自分が病気であることについて申し訳ない気分をこんなにもしょっていかなければならないんだろうねえ

精神科の病気というのは
なんでそのひとの 魂や人格が罪をおかした みたいな目で見られるんだろう
なんで全部の原因や責任のようなものが
身体ではなくてその人の思考にあるように考えるのだ
精神科といったって 身体なのだ
身体のレベルでいろいろ不調なのだ


うーん






はじめの話題からずれちゃった

 
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鬱病の復職支援 集団生活で「日常」取り戻すhttp://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/living/health/568783/本日の産経ニュースよりやっとここまで来たかという感じこういう病院がもっと増えたらいいの
  • 2012/06/19 07:46
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