引き続き精神科というイメージについて思う

先日更新した「精神科治療を考える」で書いたことに関して
あれからまたいろいろ考えることが多かったのでまた後日改めて更新したい
今は記事に書いたことと少し意見がちがう笑




それは置いといて

精神を患うということは、大丈夫そうな皮をかぶりながら社会的に弱者になるということそのものだということについて


母の友達が母に相談したいことがあると言って食事にいった時のこと…
その友人の娘はかつて私の幼き頃のクラスメイトだった子なのだけれども
つまり同い年だ、
最近うつになって寝込んでいるという。
彼女は大型バイクに乗るような活発な子だったのだけれども
もともと無口な性格なのに夜の女性たちのヘアセットの仕事をしてること、昼夜逆転の生活、仕事の責任が重いポストにいること、などが重なって、うつになってしまったのだという。
で、近くの心療内科に通っているそうだ。
仕事は夕方からなので、まあぎりぎり仕事には行けているそうだけど、
それもそろそろままならないぐらいに、調子がわるいみたい。

ということを母からきいて、母とふたりでいろいろ話していた。

そして母とわたしは
一刻も早く仕事やめたほうがいいよねえ という見解で一致し
母もそのとき
もうやめちゃった方がいいよ、やめた方がいいよ〜
と友人にアドバイスしたそうだけれども

母と話してて2人とも、ふと気付いたことで
こういう思考というのは結局のところ一度すごくしんどい生活を経過した人じゃないと言ったり考えたりできないよね…
ということに気がつく…

ほんとうに動けなくなるような思いしたことある人ならきっと、
無理がいかに状態の好転には絶対なりえないか ということをよくわかってると思う笑。
わたしだって今ではこういうこと言えるけど、
かつてきちんとした病識の自覚がしっっっっかりついてなかったころは
まだまだがんばらないとだめ だとか 社会的なアレが とか こんなんでへこたれてたらあかん とか
そういうの思っていたものだ!
でも実のところそんなんをいくら思ってもダメなもんはダメでどんどん悪化して
そしてある日突然、無理してることがばからしくなって、ハハハハハハハと自嘲するような感覚で なるようになれ、無理、と何ヶ月かなんもせんと寝込んで
やっとマジで自分の状況がどういうものかっていうのを理解して
そっからはなんか徐々に無理は自分にはあかんという認識ができるように(?)なったような。

だからたぶん基本的にはどんな人も
ほんまに自分自身が あかん! と思うまで一端は調子悪くなった方がその人の今後にはいいのかなー
と思ったりする。


中途半端にしてるといつまでも無理をじりじり続けることになるしね。



で、
彼女は心療内科に行くのも恥ずかしいというか人目を忍んで…というみたい
まあおうちの近所だし。

話さしはさむけれども
病院、家からどのへんのところに通うかって結構難しい問題ではあるよね。
あんまり近いと、このように近所のこととかが気になったりするし、
かと言って遠いところに行くと通いにくかったり本当にしんどいときに行けなかったりする。
ちなみにわたしは住んでる県名がついた駅の近所の病院に行ってるので
自分でも結構ハードル高いよな、と思ったりする………
でも駅から少し路地を入ったふるくさい病院なので◎である。


で話は戻る、
仕事やめたくても病名を考えると言えないとか、いろいろあるみたい。

確かにそれはそうなんです。
わたしも今まで病気で辞めたとかあるけれども、その時は気苦労した。
一回だけ、堅苦しいところを辞めたときは本当の病気の名前を言って診断書も出したけれども。
その他は大抵、退社時も入社時も、体調不良の言い訳は、自律神経失調うんぬんというのでごまかしている。
自分で自分のことをこういうふうに言うのどうかと思うし笑えるけど、
自律神経うんぬんだと、いわゆるキ○ガイ感が、躁鬱ですって言うよりないのだよ笑。
実際そう言っておけば身体的なしんどさが出たときに対処できるし。
きっと、今までのどのアルバイトも、面接のときにはじめから「躁鬱です」て言ってたらどこも取ってくれなかっただろうと思うよ実際。自分がとる方だったら落とすと思う。
今の大学に願書を出したときに、健康面を書く欄に躁鬱のことを書いたら、
あとから電話がかかってきて、詳しいことを結構時間を割いていろいろ訊かれた。
やっぱり一般の人は知識がないというのを痛感する。
知識がないということはすなわち差別があるということである。
わたしも被差別から抜け出せていない、だって言うと自分に不利になることが多すぎるから。

だから敢えて、運動家のように「躁鬱でもそのままカミングアウトしていきます!」という気にはならない。
黙っていれば守られることの方が圧倒的に多いので。
それなりにやっていければ、その身を危険に晒してまで、言う必要は、ないと思う。
必要に迫られたときにうまくやりくりしていけるだけの技量があればそれでいいのではないだろうか

あとは、同じような境遇に会っている人や 困っている人を見つけたり知ったりしたら
実はわたしはね というふうに、自らその人に親身にアドバイスできるというそれぐらい。

そうそう、わかってくれる人やわかる必要がある人の前でうまく説明できたらいい、
それ以上の説明、万人に対する訴えかけというのは自分の身を滅ぼす。
 


 
スポンサーサイト

Comment

Comment Form
公開設定

Trackback


→ この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。